相続税・財産評価 ケーススタディ

通行用賃借権で前面通路を借りている宅地は、無道路地評価か旗竿地評価か

道路に接していない宅地が他人地の通路を賃借している場合の相続税評価の論点整理
Q. 質問

評価対象地(自用建物あり)が道路に直接接していない事案で、前面土地を所有者から公正証書により借りている場合、無道路地として評価すべきか、それとも旗竿地(不整形地)として評価すべきか。また、借りている通路の賃借権は別途財産として計上すべきか。

前面土地の借用範囲は縦長の通路状部分のみで、前面土地には別の所有者の建物が建っており、通路幅員は一部で建築基準法の接道幅員2m未満となっています。

A. 結論

「旗竿地(不整形地)評価」が原則。国税庁タックスアンサーNo.4620に「他人の土地に通行の用に供する権利を設定している場合は、無道路地の評価の対象となる宅地には該当しません」と明記されており、契約による賃借権で通行が確保されている場合は無道路地評価ではなく不整形地評価で処理する。

通行用賃借権の別途計上については、計上見送り(0円)が実務上の推奨。理由は経済価値の限定性と権利の不安定性。

想定事案

評価対象地

地目・利用区分
宅地・自用地(自用建物あり)
地区区分
普通住宅地区
道路接面
道路に直接接していない

通路の状況

通路の形態
前面土地(他人所有)の縦長の通路状一部
通路の使用根拠
公正証書による賃貸借契約
通路幅員
1m台後半〜4m程度(建築基準法接道幅員2m未満の区間あり)

賃貸借契約の特徴

賃料
固定資産税相当の実費水準
契約期間
長期契約、既に契約期間満了で黙示の更新中
目的
通行用地(建物所有目的ではない)
借地権の登記
なし
権利金等
授受なし

特徴的な事情

公正証書の文言
「前面空地確保のための協定(非道路地)」と明定
当事者関係
第三者間契約
建築基準法
接道義務不適合の可能性あり

位置関係の模式図

N 隣接地 隣接地 隣接地 隣接地 評価対象地 自用建物あり 前面土地 (第三者所有) 第三者の 建物 隣接地 通路状 部分 奥行 隣接地 通路 隣接地 公  道 接道部分 通路の一部(破線枠)を前面土地所有者から賃貸借契約で借用
評価対象地(自用建物あり)
通路状部分
通路(公道側)
賃借中の通路部分
前面土地(第三者所有)
第三者所有建物
公道

※配置イメージの模式図です。実際の事案では現地測量図に基づき寸法・形状を確定してください。

論点1:国税庁タックスアンサーNo.4620「無道路地の評価」

1. 通達20-3(無道路地の評価)の構造

財産評価基本通達20-3は、無道路地を「道路に接しない宅地(接道義務を満たしていない宅地を含む)」と定義し、評価額の計算式を次のとおり定めている。

無道路地の評価額 = 通達20(不整形地評価)または通達20-2による価額
          − 通路開設費用相当額(100分の40を上限)
※ 通路開設費用相当額 = 実際に利用している路線の路線価 × 接道義務最小限の通路面積(画地調整なし)

2. タックスアンサーNo.4620の核心

「他人の土地に囲まれていても、その他人の土地に通行の用に供する権利を設定している場合は、無道路地の評価の対象となる宅地には該当しません。」

この記述により、契約による通行権が確保されている土地は通達20-3(無道路地評価)の適用範囲から除外され、通達20(不整形地評価)で処理される。

3. 「通行の用に供する権利」の射程

権利の種類無道路地評価への影響
通行地役権(民法第280条以下) 該当(最判平成10.2.13により登記なくとも一定要件で対抗可能)
通行用賃借権(公正証書・有償) 該当(実務通説)
使用貸借による通行権(無償) 実態判断(経済的価値が乏しい場合、無道路地評価の余地あり)
囲繞地通行権(民法第210条)のみ これだけでは無道路地評価を否定しない
通行協定(私的合意のみ・無償・登記なし) 実態判断

4. 該当/非該当を分ける要素

  1. 権利の有償性(賃料の授受の有無)
  2. 契約書の存否・形式(口頭/私署証書/公正証書)
  3. 登記の有無
  4. 契約期間の長さ・更新慣行
  5. 通路としての客観的な確保(幅員、舗装、現況利用)
  6. 当事者間の合意の明確性

5. 重要な留意点 — 通路が建築基準法上の道路でない場合

タックスアンサーNo.4620の射程は「通行の用に供する権利を設定している場合は無道路地に該当しない」までであり、「その通路が建築基準法上の道路であること」までは要求していない。通路が「非道路地」と明定されていても、私法上の通行権が確保されていれば「無道路地評価の対象外」と整理する余地が大きい。
ただし「再建築困難」という経済的不利益は別途、不整形地補正の最大化や鑑定併用で考慮すべき要素となる。

論点2:通行用賃借権の評価

1. 通達86・87の体系

区分条文・通達評価式
地上権・永小作権 通達86/相続税法第23条 自用地価額 × 法定地上権割合
地上権に準ずる賃借権 [通達87(1)] 登記あり/権利金等あり/堅固な構築物所有目的のいずれか 自用地価額 × min(法定地上権割合、借地権割合)
その他の賃借権 [通達87(2)] 上記以外(雑種地賃借権等) 自用地価額 × 法定地上権割合 × 1/2

2. 法定地上権割合(相続税法第23条)

残存期間法定地上権割合
10年以下5/100
10年超15年以下10/100
15年超20年以下20/100
20年超25年以下30/100
25年超30年以下、および存続期間の定めなきもの40/100
30年超35年以下50/100
35年超40年以下60/100
40年超45年以下70/100
45年超50年以下80/100
50年超90/100

3. 通行用賃借権の通達87(1)/(2)判定

通行用の賃借権は一般に以下の理由から通達87(2)「上記以外の賃借権」に該当する。

よって評価率は「法定地上権割合×1/2」となる。

4. 「期間定めなし=40%」機械適用の問題点

黙示の更新中の賃借権を「期間の定めなきもの=法定地上権割合40/100」として通達87(2)で機械適用すると、本来の経済価値と著しく乖離する場合がある。

項目通行用賃借権(債権)地上権(物権)
法的性質債権物権
最低存続期間解約申入から1年(民法第617条第1項第1号)30年(民法第268条第2項)
登記対抗力登記なしで対抗不可あり
譲渡・転貸原則禁止(民法第612条)自由
建物所有目的不要
借地借家法建物所有目的でないため適用外

相続税法第23条の法定地上権割合表は地上権(物権、最低存続期間30年)を前提とした評価表である。これを「期間定めなし=40%」として機械適用しても、解約申入から1年で終了し得る通行用賃借権の経済実態は反映できない。

5. 国税庁質疑応答事例「雑種地の賃借権の評価」の論理

「臨時的な使用に係る賃借権や賃貸借期間が1年以下の賃借権については、その経済的価値が極めて小さいものと考えられることから、これらの賃借権の目的となっている雑種地の価額は、原則として、賃借権の控除を行わない自用地としての価額により評価する」
(国税庁質疑応答事例「雑種地の賃借権の評価」より)

この記述は貸主側の評価規定だが、「期間1年以下の賃借権は経済的価値が極めて小さい」という根本思想は借主側の賃借権評価にも援用可能。民法第617条で解約申入から1年で終了する通行用賃借権は、実質「残存期間1年以下」と評価できる余地がある。

6. 評価アプローチの比較

アプローチ 考え方 推奨度
通達87(2)機械適用(期間定めなし40%×1/2) 形式適用。経済実態と乖離する × 過大
残存期間5年以下と認定(5%×1/2) 解約申入1年終了を踏まえ短期と認定 △ 次善
経済価値ベース(年額賃料×残存期間) 市場価値ベースで実態反映 ○ 実態反映
計上見送り(0円) 経済価値ゼロと認定。合理的説明を添付 ◎ 推奨

7. 計上見送り(0円評価)の根拠

  1. 借地借家法非適用(建物所有目的でない雑種地賃借権)
  2. 民法第617条第1項第1号により解約申入から1年で終了する不安定な権利
  3. 登記なし・権利金なし・譲渡禁止により市場性・財産性なし
  4. 賃料が固定資産税相当の実費レベルで借主に経済的利益なし
  5. 独立した収益機能を持たず、隣地への到達のための補完的価値にとどまる
  6. 国税庁質疑応答事例「賃貸借期間1年以下は経済的価値が極めて小さい」の論理を援用可能

論点3:権利設定による法的効力

対抗要件と存続保護の整理

項目通行用賃借権の状況効果
民法第605条(不動産賃貸借の対抗力) 賃借権登記なしが通常 第三者対抗力なし
借地借家法第10条(借地権の対抗要件) 建物所有目的でないため借地権に該当せず 適用なし
公正証書の効果 高い証明力/執行受諾文言で強制執行可能 証拠力・執行力はあるが物権的対抗力ではない
民法第619条第1項(黙示更新) 使用継続・異議なしで黙示更新中 期間定めなしの賃貸借として継続
民法第617条第1項第1号(解約申入) 各当事者がいつでも解約申入可能 申入から1年経過で終了
民法第612条 譲渡・転貸禁止が原則 市場性なし

「不安定な権利」が評価に与える影響

(1)第三者対抗力なし、(2)解約申入から1年で消滅可能、(3)譲渡・転貸の原則禁止 — の3点から、通行用賃借権の経済的価値は通達評価額より大幅に低いと評価できる。

「前面空地確保のための協定(非道路地)」の意味

側面意味評価上の効果
私法的意味 当該通路部分は「道路」ではなく「私的通路」と当事者間で確認 賃借権の対象としての性格を明確化
公法的意味 建築基準法上の道路として位置指定・認定を受けていない 建築基準法第43条接道義務の不適合 → 再建築困難の根拠
相続税評価への影響 無道路地評価の対象外(通行権ありのため)であるが、再建築困難の事情は別途減額要素 不整形地補正の最大化/鑑定併用で減額幅を確保

論点4:評価試算の考え方

具体的な評価額は路線価・地積・補正率を当てはめて算出する。以下は計算ロジックの整理。

パターンB(標準推奨):旗竿地(不整形地)評価

想定整形地を「評価対象地のみを包含する最小矩形」で設定するのが実務標準。

補正後単価 = 路線価 × 奥行価格補正率 × 間口狭小補正率 × 奥行長大補正率 × 不整形地補正率
評価額 = 補正後単価 × 地積

パターンC:パターンB+接道不適合追加減額(参考)

想定整形地を竿部分込みで取る場合、かげ地割合が大きくなり不整形地補正率が下限0.60に到達するケースがある。
※他人地である竿部分を想定整形地に含める点で異論あり。鑑定併用が安全。

賃借権の評価(推奨:計上見送り=0円)

推奨アプローチ:計上見送り(0円) 0円
根拠:賃料が固定資産税相当の実費水準、解約申入から1年で終了する不安定な権利、市場性ゼロ、譲渡・転貸禁止

補正率の正確な数値(普通住宅地区)

補正種類主な区分と数値
奥行価格補正率 4〜6m=0.92、6〜8m=0.94、8〜10m=0.96、10〜12m=0.98、12〜14m=0.99、14〜24m=1.00、24〜28m=0.97、28〜32m=0.95、32〜36m=0.93、36〜40m=0.92
間口狭小補正率 4m未満=0.90、4〜6m=0.94、6〜8m=0.97、8m以上=1.00
奥行長大補正率 2未満=1.00、2〜3未満=0.98、3〜4未満=0.96、4〜5未満=0.94、5〜6未満=0.92、6〜7未満=0.90、7〜8未満=0.90、8以上=0.90
不整形地補正率
(地積区分A・かげ地割合別)
10%=0.98、15%=0.96、20%=0.94、25%=0.92、30%=0.90、35%=0.88、40%=0.85、45%=0.82、50%=0.79、55%=0.75、60%=0.70、65%以上=0.60
地積区分 A:500㎡未満、B:500〜750㎡、C:750㎡以上

※不整形地補正率と間口狭小補正率の併用上限0.60。不整形地補正率と奥行長大補正率は併用不可、「不整形地補正率×間口狭小補正率」または「間口狭小補正率×奥行長大補正率」のいずれか有利な方を選択。

判断フローの整理

Step 1 評価対象地は道路に直接接しているか? →いいえ
Step 2 他人地を通行する権利の根拠は? →契約による賃借権(公正証書、有償、長期継続)
Step 3-A(不採用) 囲繞地通行権のみ → 無道路地評価
契約による賃借権がある場合は当てはまらない
Step 3-B(採用) 契約による地役権・賃借権で通行確保 → 無道路地に該当しない
国税庁タックスアンサーNo.4620に明記
Step 4 財産評価基本通達20「不整形地の評価」を適用(旗竿地評価)
Step 5(追加検討) 接道幅員2m未満区間あり&「非道路地」明定 → 建築基準法第43条第2項認定・許可の見通し次第で追加減額の余地
Step 6(賃借権) 通行用賃借権は経済価値の限定性により計上見送り(0円)が推奨

実務上の推奨アクション

  1. 公正証書の写しを申告書添付資料として保管し、無道路地と扱わない根拠(タックスアンサーNo.4620)を明確化する。
  2. 所轄行政庁(建築主事)に建築基準法第43条第2項認定・許可の運用を事前確認する。再建築困難と判明した場合、不整形地補正の最大化または不動産鑑定による補強を検討。
  3. 想定整形地の設定方法を確認。実務上は評価対象地単独で想定整形地を設定するのが標準(パターンB)。
  4. 賃借権は計上見送り(0円)が推奨。申告書添付資料に「通行用賃借権の評価省略理由書」を作成し、経済価値ゼロと判断した合理的理由を明記する。
  5. 固定資産税納付実績を確認し、賃料が固定資産税相当の実費水準であることを裏付け。

主要法的根拠

財産評価基本通達20 財産評価基本通達20-3 財産評価基本通達86 財産評価基本通達87 相続税法第23条 借地借家法第2条第1号 借地借家法第10条 民法第210条 民法第280条 民法第601条 民法第605条 民法第612条 民法第617条第1項第1号 民法第619条第1項 建築基準法第43条第1項 建築基準法第43条第2項第1号 建築基準法第43条第2項第2号 民事執行法第22条第5号 国税庁タックスアンサーNo.4620 質疑応答「接道義務を満たしていない宅地の評価」 質疑応答「無道路地の評価」 質疑応答「雑種地の賃借権の評価」 最判平成10年2月13日(民集52巻1号65頁、通行地役権の対抗力) 最判令和4年4月19日(総則6項事案)
本資料は相続税の財産評価における一般的な論点整理を目的としたケーススタディです。具体的な事案への当てはめにあたっては、現地測量図・公正証書・路線価・建築指導課への確認等の事実関係を踏まえた個別判断が必要となります。最終的な税務判断は、所轄税務署および税理士へのご相談のうえお決めください。